2016年は“数打ちゃ砕ける”くらいの勢い(何それ)でフルを13本走ったのですが、この大会が一番きつかったです。8時スタートでもとにかく暑く(日陰は全体の1割もないはず)、潮風といいながらハーメルンの笛吹きばりに山道へと誘われ(そして無風)、後半の激坂も歩く人続出、タイムも当時のベストより30分近く遅い3時間51分くらいだったのですが、それでもまた出たいと思える摩訶不思議な大会です。
走ってみて感じた魅力を思いつくままに並べると、
- 地域挙げての応援に力が入っていて、中には意表を突く自由な応援も見られる
- きつい坂の前には必ず給水があり、水をかけてもらえたりする
- 坂には猪木の応援看板が、田んぼには嫁求む立札があり、その他それぞれに楽しい
- 坂そのものに興奮する
- ラストの海岸線はきれいで気持ちいい
- お土産の力餅(うまい)を特別に用意してくれる
- お風呂が会場のすぐ横にある
- あの山道を攻略しないうちは悔しくて死ねない
といったところが挙げられるかと思います。
これらの魅力も、大会趣旨にある「柏崎の「人」と「自然」に触れていただきながら、私たちが大好きな柏崎の温もりを体感していただき大会を楽しんでください。」という想いに支えられてのものです。大阪からはかなり遠かったのですが、来てよかったと心底感じた大会でした。
柏崎の皆様、素敵な大会に参加させていただき、本当にありがとうございました!
当時の走力では写真もろくに残せませんでしたが、その分、記憶だけはしっかり胸に抱えて生きていきたいところです。
新潟を再訪できたのは2022年になりましたが、えちご・くびき野100kmマラソンも最高でした。新潟はいい思い出ばかりです。
毎年翌週に開催される黒部名水マラソンがどうしても外せないので、何とか二週間離れる年が無いものかと思ったりもしています。
前日(初めての北陸新幹線で柏崎へ)
北陸新幹線開通以来なかなか乗る機会が無かったのですが、ついにその機会に恵まれました。車内の快適ぶりにテンションも上がり放題、勿論観光気分で食べまくります。
ついに柏崎にやってきました。柏崎といえばブルボンのおひざ元ですね。
お宿は東柏崎駅すぐの末広旅館さんでしたが、宿に着くや否や食事の流れで、その豪華さに驚きました。地元のハチメ塩焼を筆頭に品数が多く、これで一泊二食8640円はリーズナブルです。大抵の場合はホテル素泊まりで味気ないのですが、これなら旅行そのものとしても楽しめます。
夕食後はスタートまで歩いて気分を盛り上げてきました。海は暗かったものの星はきれいでしたので十分満たされます。会場の準備もしていただいて、明日がより楽しみになりました。実はバスが走る大きめの道があったり、飲み屋やコンビニなんかも近くにあったりで便利な印象を受けました。
当日
レース前
4時半過ぎで既に明るくて寝坊したかと焦るくらいでした。結局五時間半くらいは眠れました。朝から結構なお食事です。
布団でゴロゴロしてから出発です。8時スタートなのに7時過ぎに出れば間に合うというのもありがたい限りです。スタート会場のみなとまち海浜公園はかなり広く、キャパも相当なものだったと記憶しています。
レース
序盤~前半(早くも海に別れを告げて山へ)
8時スタートですが日当たり良好でいきなり暑いです。キャップのみでしたが、サンシェードくらいは使った方がよかったかもしれません。
最初は海沿いを走り、まだ潮風への期待を抱きます。鯨波の地下道は階段を歩くのですが、確か追い越し禁止か何かの制限があったと思います。
その先はとりあえず潮風とは無縁の山です。どこに連れていかれるのか分からないハーメルンの笛吹きワールドです。確か上りの途中に「カメルーン」とかそんな感じの摩訶不思議な看板(中古車販売?)があり、ここから先が山っぷりを遺憾なく発揮していたと思います。
往路の上りはまだ元気ですのでそこまで辛くはないのですが、“折角上ったのにすぐに下るとは勿体ないな……。果たして生きて帰って来れるのだろうか”などと考えながら下っていたはずです。
中盤(暑い。しかし坂の前には給水が。)
佐水地区には“嫁求む”看板が次々と現れます。最初は面喰いますが、面白くて全部読んでしまいました。看板の記載によるととてもいい所らしいので、嫁いでみてはいかがでしょうか。
中盤も一瞬日陰を下ったかと思えばすぐに日当たり良好な路上で身を焼かれるといった展開でした。折り返し地点ではサイダーのオブジェ?があったと思います。ここでサイダーを飲みたいと思う人多数なのか、アフターの売り切れは早目でした。買いたい人は速く走るしかなさそうです。
後半もですが、大体辛い坂の前にはエイドがあり、しっかり給水できるので助かりました。エイドが見えてきたら“よし、坂だな”と思うようになりました。嬉しさ半分恐怖半分です。
今でも暑さは苦手ですが、当時は更に弱かったので、倒れないことを絶対のラインとして守りに徹することにしました。エイドは積極的に止まって水浴び、給水、スポンジにと手を尽くしました。2015年に出場したびわ湖高島栗マラソンでは暑さにやられてヘロヘロになった苦い記憶(たまたま同大会にエントリーしていた友人と共倒れ)があるのですが、その経験を活かしてとにかく最後まで走れるようにとない知恵を振り絞りました。
後半~終盤(名物の激坂を超えて待望の潮風を)
さてお待ちかね、帰りの激坂です。サラッと書いていますが1kmで80m上りですから、かなり長い部類です(まあ榛名湖マラソンはそれを5本ですから今思えば頑張れる範囲かと思います)。行けども行けども終わらないと思いながら、それでも数分の辛抱なのだと言い聞かせます。下を向いて数を数えるくらいしかなかったのですが、止まりはしませんでした。前半から当時にしても遅過ぎるペースで余力を残していたので、上り切った時も何とか無事でした。この坂の途中にはアントニオ猪木のオマージュ看板があり、元気があるかどうかは分からないのですが、とにかく何とかはなりそうだという気持ちになれました。
後は大きな上りもないので、少し安心しながら、それでも全然スピードが出ないなと思いつつ走っていきます。この途中でも水をかけていただけたり、自称猫ひろしの男性による自由な応援があったりと、笑顔になれる場面が多かったです。太鼓も踊りもバンドもメイド隊も皆様力を下さり、“応援・運営して下さる皆さんもこの暑いのによく頑張って下さって……。”と感謝しながら少しずつ進んでいました。
ようやく海沿いに戻ってきて、最後のエイドで名前を呼んで応援していただけたことでまた元気が湧いてきます。ラストの海岸線はその後も度々思い出す程記憶に残っています。最後は赤いじゅうたんを抜けてフィニッシュさせていただき、“来てよかった!”という気持ちに包まれました。
これだけゆっくりでも四時間は切れましたし、栗マラソンの悲劇を乗り越えて暑さに一定程度対処できたのは個人的には大きな収穫となりました。ベストより30分弱遅いので余裕があるのは当然ですが、シーズン8本目で成長を実感できたレースでした。
アフター
ふるまいのおかゆをいただき、スムーズに荷物を受取り、着替えてから食べまくります。柏崎バーガー(確か鯛)と越後ビールに加え、トルティーヤサンド(チキン)と日本酒もいただきました。スイーツも冷えていておいしいです。
会場すぐ傍のリゾート施設でお風呂にも入れるのが嬉しいです。おっちゃん達と“お疲れ様でした”と労い合います。会場は海が近く、こんどこそ潮風も吹いていて気持ちよかったです。
会場で買った最上屋さんの力餅がものすごくうまくて職場でも好評でした。サイトには載っていなかったのですが、限定品だったとのことです。お土産は毎年趣向を凝らしておられると教えていただきました。
参加賞のトートバッグは容量も大きくて気に入っています。これを持って北海道マラソンのフェアウェルパーティーに出席したところ、分かる方がいて盛り上がったこともあります。
どこもそうですが、来てみるといい所だと感じるものです。あまり東京的なものを追い求めても仕方がないのになあと、この頃から繰り返し思っています。
折角なので糸魚川でも降りてみました。糸魚川海辺展望台からの眺めも貴重な経験です。反対側は北アルプスで これも雄大です。
夜は金沢の実家に泊まったのですが、あまりに疲れていたので泥のように眠りました。当時はマラソンを走ったり移動したりするだけで甚大なダメージを受けていましたね。
最後に
あれから7年の歳月が過ぎ、全国津々浦々の大会に参加してきましたが、柏崎潮風マラソンは自分の中でやはり独特の輝きと温度を保っていて、ずっと気になっている大会でもあります。今回振り返っていて、また出たいという気持ちが強くなってきました。
「摩訶不思議」とか書きましたが、この大会の魅力の根底にあるものは、改めて言うまでもなく、柏崎の温もりを伝えようという皆様の想いなんですよね。走っていたからこそ経験できたことであり、その喜びが、今も走り続ける原動力となっています。
柏崎の皆様、素敵な大会を支え続けていただき、本当にありがとうございます。