“10kmのために遠征するのか?”と迷いましたが、今回は五木ひろしさん御本人もゲストとして来られると知り、これは一生の思い出になるに違いないと出場を決めました。だって五木ひろしさんですよ、歴史上の人物ではありませんか。
前日のコンサートは流石に行けなかったのですが、レース後にミニコンサートがあり、ここで五木ひろしさんの歌声を生で体感できて、“歌とはこんなにも心がこもったものなのか”とただ聞き惚れていました。写真など撮っている場合ではなく(何とか二枚が精一杯)、五木さんが歌い終わりに両拳をそっと握る時には、自分も知らず同じポーズになっていました。
この大会が母の日に開催されるようになった理由もそうですが、五木ひろしさんは若手への配慮にしても気の利いた受け答えにしても、とても誠実で優しい方だと感じました。私などが言うまでも無く、そのようなお人柄があってこその59年もの長きに渡りご活躍されているのだと思います。
おまけの走りは風が吹き荒れたせいにして闘志ゼロの42分台でしたが、まあ自分の力だとそんなもんです。10kmなんて練習でも(速く)走ったことない距離ですし。これだけ遅いなら写真撮りながらでもいけるはずですので、最初からそのつもりでいけばよかった気もします。でもニューバランスhanzo rを試すという目的は果たしました。(155bpm, 203spm, ストライド1.18m, 上下動比4.3%, 上下動5.4cm, 左右接地時間バランス49.5%:50.5%)
前日は敦賀泊で、人道の港敦賀ムゼウム(命のビザの杉原千畝領事のインタビューは必聴)と気比の松原を巡ったり、ふぐ飯定食に和食の素晴らしさを再認識したりと、観光も楽しめました。
第50回大会を目指そうということで、その時五木さんは90歳になっておられるのですが、今日の若々しいお姿と歌詞にもあった「人生百年」という言葉からして、きっとその日を笑顔で迎えられることでしょう。「ええとこやろ美浜」という言葉には、「ほんまええとこやわ美浜!」と応えたいと思います。美浜の皆様、こんなにも素敵な大会を作っていただき、ありがとうございました!
続きのページは10kmなのでコースの写真もないですが、観光の諸々について書いていますので、よろしければ是非。コメントなどいただけると嬉しいです。
他に大会ゲストで「うおー!」と思った方と言えば石川さゆりさんですね。熊本城マラソンにもまた出たいと思っています。
前日(敦賀観光)
完全に練習の一環の位置付けなので、特に調整もなしです。連休前からやりたい練習が全てできており(有酸素ロングジョグ3回、山上りスロージョグ3回、インターミッテント2回、2分オン1分オフ2回など)、三月以降の流れとしても上々なので、この調子で外せない大会に向かいたいところです。
無調整なので前日の朝食もいつも通り。牛肉と野菜の中華炒めにしました。やはり片栗粉をもみ込むと違います。
金券ショップで大阪敦賀の格安チケットは無いことを確認の上、12:15大阪発湖西線経由敦賀行きに乗ります。絶対に座ろうと12分程前から並びましたが、実際そこまで混んでおらず余裕で座れました。途中で後ろの車両は切り離されるため、前の四両に乗っておくとよいです
無事に敦賀駅に到着後、少し時間を潰してから15時にルートイン敦賀駅前さんへチェックインです。設備もきれい、大浴場あり、朝食付きで6,100円は間違いなくお値打ちです。
敦賀観光は時間が限られるのでどこにするか調べる中で、人道の港敦賀ムゼウムという施設があると知り、ポーランド難民の受け入れや杉原千畝領事の「命のビザ」を携えた方々がたどり着いた歴史を知る必要があると考えてここに決めました。しかし最終入場16:30と時間が無いためのんびりはできません。館内利用規約などをささっと確認して出発です。
駅からは2km強なので、雨が強まらないことを祈りつつスロージョグで移動します。気比神宮は前を通っただけで我慢です。敦賀港開港100周年のモニュメントもある金ヶ崎緑地はよく整備されており、“この地域の方はここで走っておられるのかな”と想像しながら進みます。そういう、自分が住んでいる以外の土地で走る日々の想像って楽しいですよね。
人道の港敦賀ムゼウムは一部を除き館内撮影禁止ですが、最初の上映から続く展示のいずれも重く心にのしかかって来ます。特に印象深かったのは杉原千畝領事のインタビュー音声で、“僕以外の人でも同じ立場なら絶対に同じことをした”という言葉はこれ以上ない程深く胸に響きました。人間はどんなに酷いこともするが、だからこそ人間性について考え続けなくてはならない、答えがないからといって放り出したり無知蒙昧で事足れりとしてはいけないと、改めて自分に言い聞かせる時間でもありました。メッセージカードにもその旨を書き、そっと地図に掛けてきました。
敦賀ではもう一ヶ所行っておきたい場所がありました。言わずと知れた名勝気比の松原なのですが、ここは16年くらい前の夏に18きっぷで駅から歩いて汗だくになり、もう少し頭を使って観光しなくてはと反省した記憶があります。いつかいい形で再訪できればと思っていたのですが、チャンス到来です。
“そういえばこんな眺めだったな”と思い出し、松の緑も足元の不整地も今日だけのものですので、できるだけ色々感じながらゆっくり走りました。松林が雨も和らげてくれて助かりました。当時はマラソンを走りまくりながら全国を旅するというこんな未来は想像もしてみませんでした。もっとちゃんと働いてお金持ちになっていると思っていましたが、全然違う方向に進んできましたね。人生わからないものです。
夕食は駅前のお食事処建さんへ。扉を開けた瞬間優しいご主人と目が合ったので、迷わずここに決めました。ふぐ飯定食は余計な味も香りも一切ない和食の結晶のような逸品で、身も心も喜びに満たされました。ごちそうさまでした。
アルプラザ敦賀は食品売場の騒音(あんなデカい音で同じCMを聞かされて嬉しい人がいるのでしょうか)が酷くて購買意欲が減退し、牛乳を買ったのみに止まりましたが、余計な物を買わずに済んだので、却ってよかったかもしれません。この牛乳は高知から来ているもので、ゴクゴク飲めるお味でした。大浴場でさっぱりして、本を読んだりしてから23時頃に消灯です。
レース当日
レース前
移動(たらふく食べて会場入り)
5:30に起床し、朝食まで時間があったのでとりあえず大浴場へ。65.4kgと普段と変わりませんでした。流石に10kmだと前日に観光気分で食べまくることもせず、自制可能でした(ここまでは)。
朝食会場は6時で行列になるのは分かりきっているので、テーピング(ニチバン)とソックスを済ませてから列につきます。朝食は貧乏性の私が大好きなバイキング。レースが10:40と四時間以上あるので消化は間に合うと見て存分に食べる選択をしました(少しでも元を取るぞという浅ましさよ……。)。人が足を止める(ので待ち時間が発生する)米と味噌汁をスルーして、できるだけまんべんなく全てのおかずをゲットしました。スクランブルエッグも、焼売のパイナップルとナス炒めも、餅っぽいポテトもそれぞれにおいしかったです。ただ、食べ終えて食器を返却しようと立った所で漸くサラダとフルーツ、ヨーグルトの存在に気付き、時間の都合上間に合わないため泣く泣く見送ることに。食い意地も泣く子と地頭と電車の時間には勝てません。
小浜線は交通系IC未対応路線なので切符を買わねばなりません。券売機が行列だとアウトですが、二台あったため大丈夫でした。6:49敦賀発は、普通に空いていました。330円で22分、あっという間に美浜駅到着です。会場行きのシャトルバスは7:20発なので、間に合うためにはこれしかありません。
美浜駅から会場までは30分程度です。車内は、五木ひろしさんのファンの方が多く、“関東在住だが御本人が来られると聞き即エントリーした”といった生きのいいお話などが聞こえてきて和みます。今の言葉で言えば推し活ってやつですよね。でも年季が違いますから。
会場到着後、受付とTシャツ引き換えなのですが、断続的に降る雨とテントが飛ぶのではというような強風に少々難儀します。更にランナー側もQRコードが出せないとかで時間のかかる要因を作ったりします。全ては慣れなので、それも含めて“まあイベントってこういうもんだから”とニコニコしていました。運営の皆様は、更衣室をテントではなく建物内に変更したり途中から列の緩和策を取ったりと、臨機応変に対応して下さっていましたので、とてもよかったと思います(QRコード苦手な人のことも考えてといったレベルの要望を出されたら手がつけられませんが)。
さて、未だ長蛇の列が解消されないながらも私は8:30の開会式に間に合ったので、来賓の皆様の中央におられる五木ひろしさんのお姿をしかと見届けることができました。そう思って見るからか、オーラが違います。五木さんは晴れ男ということで、開会式の頃には雨が止んで青空も覗くという展開に古参の皆様は満足げに笑みを湛え、にわかの私は成程と感心していました。
開会のご挨拶では、この大会が母の日に開催されることになった経緯に無言で頷きながら、思うところがありました。五木さん以外のゲストへの感謝状の授与なども行われ、とてもいい雰囲気で、これぞ地域に愛される大会だと感じます。
9時には開会式は終わり、10:40までかなり時間があります。幸い更衣室が建物内になっていたため、椅子に座ってひたすら目を閉じていました。10時過ぎに軽く屋外のトイレに行き、そこから準備開始です。諸事情により薄底を試す必要があるため、今回は特売で買って以来出番の無かったニューバランスhanzo rを試すことにします。一度2分オン1分オフで軽く履いて、まずまずだったのでもう少し長い距離で試すことにします。走りに関しては、今日の一番の目的です。
ウェアは雨で多少濡れても時間が短いので問題無しと見て、いわきサンシャインマラソンのTシャツにしました。目立つ方がよいかなと。キャップは愛媛マラソンのものを持って来ましたが、この強風では絶対に吹っ飛ばされるので使わないことにしました。
荷物預けがあるので引き取り用の半券をソックスに挟み、アミノ酸を摂って動的ストレッチを一通りこなします。しかし普段5km閾値走をやる前とは異なり、少し速いペースのジョグはできず、その辺をちょこちょことスロージョグで動き回って足裏の接地感の確認とアキレス腱のバネのイメージをしただけに甘んじました。フルならこれで全然よいのですが、やはり短い距離では……。
スタート前に整列したまではよかったのですが、ここで正直寒いというまさかの事態に。冬場の失神寸前の寒さとは異なるのですが、風がかなり強くて五月とは思えない体感温度だったと思います。明らかに筋肉が強張っているのが分かります。“走り始めれば温まるので速くスタートしたい、しかしいきなり上げると地獄を見るに違いない”というジレンマに苛まれながら号砲です。
レース
前半(上り坂と向かい風に早々に店じまいモード)
スタート直後から上ります。分かっていても楽ではなく、全然動かない身体を怪我しないように様子見しつつ腕を使って上ります。しかし信じられないことに坂を二つ上ったくらいで右腕が変な疲れ方をしました。終わった後も前腕が痛いとか。アップ不足で急に動くとこうなるようです。力みだけでは説明がつかない気がします。
スロースターターな自分のフルの経験上、最初に心拍数が上がるとその先はろくなことにならずに終わると相場は決まっていますので、今日もまず駄目そうです。そうは知りつつ“実は速かったりして”と能天気に1kmと2kmのラップを見てみると4:16と4:19。なす術なしです。しかし皆さん速いですよね。どうしても頑張れない自分は素直に感心します。
基本的に暑くなることが多そうな時期、コースだからか、何と折り返すまでに3か所も給水があり、どれだけ親切なのかと思います。今回は涼しくはあったので一度もいただきませんでしたが、大変心強かったです。
ある意味諦めつつもピッチだけはキープするぞと薄底の感触を確かめながら進んでいるうちに呼吸も落ち着いてきました。10kmで落ち着いてしまっては負荷が足りないのではと思いましたが、上がらないものは仕方が無いので身体に任せます。景色を見る余裕も出てきたのできょろきょろしていましたが、雨はほぼ降らなかったものの雲がかかっていたため、流石の水晶浜の景観も本来の力は発揮できていない様子でした。晴れると絶景だと聞きます。しかし水が透明なのはよく分かりましたし、この海を守り、受け継いでいかなくてはならないと思いました。
海岸沿いなので風が強いのは仕方ないとして、アップダウンもそこそこ急で長めの印象でした。あまり平坦な部分がなかった気がします。とはいえ数回上り下りをこなす頃には折り返しで、流石10kmは短いなという感じでした。
後半(何もせず終わるも時にはOK)
“さあ折り返したから弩級の順風だ”という期待とは裏腹に、安定しない風向きにより引き続きの逆風というのはよくある話。今日もそうでした。横風だとそんなもんだよなあと思いながら前から落ちてきた方を少し拾い、一度抜いた方は離せるくらいのペースで進みます。でも3:58から4:21と全然安定していませんけどね。
沿道では強風の中応援して下さる方も沢山だったので、“比較的余力のある者の唯一の貢献どころ”と思いつつ声援に応えながら進みました。上りは腕をできるだけ真っ直ぐ後ろに、かつ気持ち強めに振り、地面反力をもらうように注意しました。意識しないと潰れていくので。多少呼吸は荒くなりましたが、限界には至らないまま、折り返した5km組と合流し、にぎやかになります。コースの幅は十分だったので、ぶつかったりする不安もありませんでした。
最後の上りは強い順風が運んでくれたので、あまり苦労もせずに終わりました。あと1kmくらいは上げればよいのでしょうが、“それもしんどいし力んで怪我したら嫌だな”とサボり癖発動でそのまま無理せず終わりました。何もできずに終わってしまうという10kmのいつものパターンです。
でも最近は、正直それでもいいと思うようになりました。昔は“遠征する以上は頑張らないとお金がもったいない”という吝嗇ぶりと、“一度でも遅いと衰えてしまうようで怖い”という不安感(見栄もあり)から多少の無理をして仮初の安心感を得ていましたが、長い目で見るとどこかで故障していますので、絶対外せないレース以外は遅くてもよいと割り切れるようになりました。
アフター
会場で美浜のことを知る
いただいたボディメンテを飲み干し、荷物受取後にプロテインとプロテインバー1本を摂取したら手早く着替えます。注目のhanzo rはピッチも十分出るし悪い所は無いのですが、自分としてはエンペラージャパンのようにもっと固くて地面を削るかのようにはじき出される感触の方が好みですので、迷いどころです。
体育館では物産展が開催されていましたので、商品購入補助券を握りしめてお邪魔し、ジビエソーセージパイをいただきました。鹿肉は奥熊野いだ天ウルトラマラソンでもいただきましたが、脂っこくなく、臭みもないので意外とあっさりいただけますね。高たんぱくでアスリートにもよろしいそうです。
美浜に来たからにはへしこも買わなくてはなりません。糠漬けですので金沢ではこんか漬けに当たりますが、どれくらい違うものか楽しみです。まあ塩辛いのでそんなに一気には食べられないのですが。千鳥荘さんは羽二重餅の試食もさせて下さり歓待していただけました。
グラウンドでは強風のためかあるいは短い距離やウォーキング組による完売のためかは不明ですが、あまり出店が残っていなかったのですがごはん de ワッフルなるものをいただき、きんぴらは普通においしかったです。
ここまで触れずに来たのですが、ご存知の通り美浜町には原子力発電所があります。“社会課題の解決のためにはもっと沢山の物が必要だ”というイデオロギーを維持する限りはどうしてもこうなってしまうのですが、この美しい海のすぐ傍にこの、人類の業の深さを体現した人工物が存在することには何か言葉にし難いものを感じます。かと言って何か解決策を思いつくわけでもなく、ただ何事も起こらないことを祈るしかないのが情けないのですが、自分の人生で一番近くで原発を見る日になったことは忘れずにいたいと思います。
ミニコンサート
各種目の表彰が終わり、12:30から待望のミニコンサートです。一番に五木さんが登場し、聴衆から感嘆の声が上がる中『面影の郷』を熱唱されたのですが、本当に素晴らしくて魅了されました。ありきたりの表現になってしまうのですが、“歌とはこんなに心がこもるものなのか”とただただ聞き惚れていました。今この場に全神経を集中していますので、写真など撮っている場合ではありません(何とか二枚が精一杯でした)。
五木さんに続いて新浜レオンさん、朝花美穂さん、ベイビーブーさんもそれぞれ登場されて熱唱されたのですが、五木さんのトークがまた面白く、十分に聴衆の気持ちを高めてからそっと舞台から姿を消しているところがまた素敵でした。お陰で私も初めて見た窓ふきダンスを楽しんだりできましたので。朝花さんは弱冠24歳ということですが、演歌歌手ならではの貫禄の歌声でした。水樹奈々さんを思い出します。
五木さんは『だけどYOKOHAMA』と『時は流れて…』で締めて下さり、移り行く時と変わる街と人、それでも信じた道を進み、そして未来の世代につなぐことを、自分も生きていく中で受け止めていくしかないと思っていました。五木さんが歌い終わりに両拳をそっと握る時には、自分も知らずと同じポーズになっていました。
そして終了時間も参加者が帰りのバスに丁度間に合うようにと抜群のタイミングでまとめて下さり、拍手喝采の中、ミニコンサートは幕を閉じました。帰りは(美浜駅ではなく)敦賀駅直行のバスが出ていますので大変便利です。行きに下りた場所の少し先まで歩くとすぐに出発し、晴れてきたため改めて窓の外の水晶浜の姿を拝みます。また来られるといいな。
敦賀駅では時間もあったので散策し、職場へのお土産にカタパンを買いました。名は体を表すどころか体以外何一つ表していないもので、要するに固いらしいのですが、力を合わせて食べたいと思います。
14:23敦賀発の新快速で大阪へ。新疋田までの勾配はループしながら上るのですが、全国でも珍しく確か5か所くらいしかなかったと思います。一度離れた敦賀の街が左手に見えてきます。
最後に
今回は完全に走りがおまけで、五木ひろしさん会いたさに美浜と敦賀に一泊二日で旅行に行ったようなものですが、これまでの人生では得難い経験をさせていただき、本当によかったです。器の小さな私はついつい人に冷たく当たったり目を逸らしたり、考えることを放棄したりしがちですが、そうではなく、人や物事に誠実に向き合うことの大切さを教わる機会になりました。結局はそれが自分自身の人生を豊かで実りあるものにしてくれるのですから。
記憶に焼きつけた五木さんのお姿と歌声を、これからの人生でも度々思い出して自分の指針としていきます。美浜の皆様、とても素敵な大会に参加させていただきありがとうございました!
ここまでご覧いただきありがとうございます。