今年も富山マラソンに出ようかと考えていましたが、昨年中止になったこの大会が復活するということで6年ぶりの参加を決めました。能登のことはずっと気にしており、実際に行って今の姿を見たかったのです。走らせていただき観光もする中で、復旧・復興には時間がかかっているものの、確かな歩みも感じられました。沢山の応援に笑顔になり、絶景も見られる楽しいコースを巡り、おいしいものも食べられて、“やはりここに来てよかった”と実感しました。
50kmは無理なので、前回参加時と同じくGOLD COURSE(25km)にエントリーしました。前半は山岳信仰の拠点であった石動山(南北朝以来の動乱や前田氏の庇護など長い歴史あり)を巡り、後半は桝形山からの絶景に感激する、そして途中のトレイルは能登最大の天然ブナ林の中という、正に中能登の誇る贅沢なコースです。50kmなら更に沢山巡れるのですが、私の力では制限時間内に戻って来られないので、25kmで大満足です。




エイドでは能登牛ゴーゴーカレーがふるまわれ、これがとにかくおいしかったです。桝形山の先の私設エイドでは今年もうどんや卵サンドを用意していただき、沢山の方に温かく迎えていただけました。ドリンクもたっぷりで、とても助かりました。ランナーが喜んでいる姿が、皆様の力になれば、お互い幸せなことだと思います。





雨でぬかるんだコースが初心者には難し過ぎました(泥だらけにもなります)し、上り下りでロープの局面まであるので、このくらいの距離でよかったとつくづく思いました。更に“ここで間違えたらちょっと恥ずかしい”(鏑木さん談)と言われるコースでまさかのロストまで重なり、終わってみれば前回より1時間以上も遅い4時間12分台でした。上りは見せ場を作れますが、下りはとにかくゆっくりですし、真面目に走っている方なら行かないコースアウトも含んで楽しめたので、これで十分です。




アフターは、この二年間ずっと行きたかった和倉温泉に行くことができました。“やっと来られた”と思いながら七尾湾の前に立ち、街の様子も見てきました。復興に時間がかかっていてその跡は色濃いものの、確実に観光客も戻って来ているようで、活気も感じられました。穏やかな波とまだ冷たくない風に、“どうか能登はやさしくあってほしい、どこまでも、いつまでも”と願わずにはいられませんでした。




大きな災害が起きる度に、できるのにやらないこともあるという後ろめたさはあるものの、ともかくも一度でも二度でも現地に行くことが大切だと長年思い、動いています。現地に行けば必ず、シンプルに“楽しかった!”や、“来てよかった!”があります。暮らしておられる方に、他所から来た人が喜んでいる姿を見ていただくことは、思っている以上に大きな意味があるのです。遠くで祈っているだけでは何も変わりません。極論を言えば、心がこもっていなくても、行くだけで何かが変わります。






中能登の皆様、復旧・復興が大変な中、素敵な大会を開催していただきありがとうございました!能登旅行は本当に楽しかったので、また遊びに行きます!






6年前に初参加したのもいい思い出です。天候もよく、ブナの原生林とふかふかのトレイルも堪能できました。
能登和倉万葉の里マラソンも、4度楽しく走らせていただきました。可能であれば、復興の一つの象徴として復活してほしいと願っています。
大会は終了してしまい残念でなりませんが、宝達志水町の宝浪漫マラソンも、オムライス、いちじく、千里浜等々地域の魅力を最大限発揮した素晴らしい大会でした。
続きのページには、大会と能登の楽しさが伝わるよう、レースの様子(ロスト情報含む笑)や観光情報など、とことん詳しく書いています。
コメント、スター、↓のバナークリック、SNSなど何でもよいので読者の存在をお知らせいただけますと、私がとうはくんとわくたまくんを磨きます。
次回予告は“晴れの国でも雨かしら”です。エイドでラーメン食べて参ります。
前日
金沢の朝
例によって金夜のうちに金沢へと移動です。WESTERポイント超特典きっぷはたった3,350Pで大阪から金沢まで行けてしまう最強のチケットですので、ポイントが余っている方は是非ご利用ください。湖西線トラップで50分程遅延し、そこから実家まで雨の中での歩きですので、到着時には日付が変わっていました。まあそういうこともあります。
朝は意外と晴れていたので、有酸素ジョグを10km程こなしておきました(5:35/km, デュエルソニック3)。先週金沢マラソンで走ったコースもいつもの静かな姿に戻っています。山側環状をそのまま少し進み、高尾の方を回って帰りました。南総合運動公園のバラ園は、ピークは過ぎていたものの香りはしっかりと残っていました。







金沢検定
昨年に続き中級を受験しました。ご当地検定というくらいですから何となく受かり易そうな気がしますが、絶対評価(四択マークシート)にもかかわらず2024年は初級の合格率4.7%、中級2.0%(5人)、上級0%(勿論0人)という高くて厚い壁です。私は極端に易化した2023年に初級を突破(合格率9.0%)できたのですが、中級は全くもって歯が立ちません。

今年も聞いたことのない専門用語が次々と押し寄せて笑うしかありません。20問しか分からず、確率を考えると多分40点前後に収まると思います。この金沢愛が過ぎる難しさこそ金沢検定の醍醐味ですので、むしろ簡単に合格などしたくないですね。今後も楽しく勉強・受験していきたいと思います。結果云々より、知らなかったことを知り、街を歩いていても面白さが格段に増すことが大きいのです。21美敷地内にある松涛庵も、金沢検定で勉強してから見ると、“なるほど!”と思えます。




わたしの町 友の町
金沢マラソンスタート地点のしいのき緑地は、何かとイベントが開催されている市民の憩いの場です。この日も天気がころころ変わる中でも沢山のテントが並び、金沢や小松、七尾といった県内勢だけでなく東京など遠方からも出店があり、賑わっていました。


- HUG mitten WORKSさん
駅西の方にお店がありますが、実は行ったことがありません。今日はその味を知るチャンスということで、五郎島金時さつまいもを使ったベーコンと野菜のキッシュにしました。野菜がこぼれる程にたっぷり入っていて、卵の味もよかったです。


- ひらみぱんさん
先週はお店に伺いましたが、今日も見かけたからには買わずにいられず、サーモンとしめじのトリュフグラタンをいただきました。こんなに洒落ているのにサーモンのムニエルは馴染みの味で、こちらも非常においしかったです。


- COYA. さん
尾山神社と香林坊の間くらいにある隠れ家的なお洒落カフェで、テイクアウトもあります。あまり沢山焼くわけではないので、完売も早いです。


パイナップルカシューナッツはハード系の生地によく合います。大納言スティックは醤油が入っているのかと思う香ばしさもあり、また食べたい味です。

たまに晴れて光が射すこともありましたが、基本雨ですので駅まではバスで移動しました。パン活などで予定より大分遅れましたが、金沢16:19発→17:50七尾着の便で北上し、久しぶりに津幡の先まで行きました。西田幾多郎の宇ノ気、宝浪漫マラソンの思い出もある宝達も過ぎ、これまでに来られてよかったなと思いました。


移動中読書は、金沢駅のうつのみやさんで買った五木寛之先生の『こころの散歩』でした。五木先生が手紙をなかなか書けないのは少し意外でしたが、私も電話をかけるのにものすごく時間がかかったりします。ノスタルジーに浸れるのは高齢者の特権ということや、親から相続する習慣や考え方などが心に残りました。私が物を捨てられないのは、五木先生の仰る“よりしろ”としての存在を諦められないからです。

七尾の夜
既に暗くなっており、雨も強まる時間があったため、周囲の様子はあまり分かりませんでした。路面は舗装されており、歴史のある建物と街灯の通りはきれいでした。花嫁のれんと青柏祭の街です。でか山の模型は立派で、これだけ見ても感心したのですが、翌日計り知れない程の衝撃を受けることになります。




夕食
なかなか定食屋さんがないものの、パトリアにあった金太郎さんに救われました。海鮮丼定食は、丼のサイズは小さいものの、まぐろもブリも蛸も流石に新鮮で、小鉢のおでん、牛筋もおいしかったです。ごちそうさまでした。


常連さんと店主さんも楽しそうに話しておられ、地方の日常が感じられました。分煙っぽい様子でしたが、かなり離れていたので気にはなりませんでした。

銭湯
弘法の湯さんにお邪魔しました。七尾駅からも近く、とても便利です。大正時代に創業されて以来今も頑張って下さっていますが、設備もとてもきれいでよかったです。洗い場も広いですし、大きな湯舟とジェットバス、水風呂があって充実しています。サウナはおそらく整備中で、この日は使えませんでしたが、些細な問題です。




かがのと湯めぐりのスタンプを集めるまたとないチャンスですので、今回はしっかり持参し、押していただきました。何度か書いていますが、南部は小松までなのでまだどうにかなるものの、北部は輪島まで行く必要があり、普通にしているとゴールは実現困難です。七尾でも遠いですが、一応電車一本でいけますのでこの機会を活かせました。

お宿
ホテルアリヴィオさんです。七尾駅徒歩1分という最高の立地で、翌朝の送迎バスにも便利です。10,500円と私にしては高級ですが、能登の応援にもなるので奮発しました。豪華朝食も付いていますし、部屋の設備もきれいで使い易かったです。




レース当日
レース前
5:50に起きるも二度寝して結局始動は6:10頃でした。それでも寝る前に全て手はずを整えておいたので、自分にしてはスムーズに準備を整えられました。使い勝手の良い棚があったのも便利でした。天気予報では荒れるはずが、青空も見えてラッキーです。しかし必ず一日のどこかで強い雨が(断続的に)降るのが日本海側の空なのです。

6:40前には朝食会場に着いたものの、あにはからんや6:30から来ているお客さんが多くて食事会場に入れず待つことに。よほど諦めようかと思いましたが、前日から予告されており、今目の前にある豪華朝食を見るだけで終わるのは寂し過ぎます。

ギリギリまで粘る選択をして持ち時間3分で漬けマグロ、ネギトロと鮭塩麴焼き、豚バラ煮?、ヨーグルトとパンだけ食べました。ゆっくり食べるのが好きなのですが、おいしい料理なら尚の事その思いは強まります。急いで食べた中でも確かにおいしかったので、それだけでも十分です。(※前回も朝ギリギリの展開だったのですが、素泊まりプランが見つからなくて……。)

幸いバス乗り場(ファミリーマート七尾駅前さん)までは2分もあれば着くので、6:54には無事に乗車することができました。会場までは広い道路であっという間でした。

ラピア鹿島も久しぶりでしたが、建物の外観も、中の造りも、前回の事を思い出させてくれるものでした。入口にペンが用意してあったので、ゼッケンのメッセージはここで書いてもよいですね。時間にかなり余裕があったので、装備品をしっかり確認し、外の手荷物預けにも順当に託せました。雨が強まる場合と収容力を考え、金沢マラソン過去大会の大きな荷物預け袋にリュックやシューズを詰め込みました。




7:40の開会式では鏑木毅さんとMCのハタナカヨースケさんが盛り上げます。昨年は開催できなかったこともあり、お二人ともとても嬉しそうでした。実行委員長の町長さんも、まだ復旧は道半ばであるののの、元気な走りで街に活気がもたらされることを望んでおられるとのことでした。こうして全国から中能登に選手が集まることでお互いに力を与え合えればと思います。

今回も鏑木さんが“マークもいっぱいあるから、これでコースアウトしたらちょっと恥ずかしい”と和やかなトークを展開します。まあこれが私を含む数名には前振りとなっていたのですが、この時は知る由もありません。
皆で記念撮影をし、それでも時間に余裕があるのでゆっくりスタートエリアに入ります。秋田で買ったくるみの小径も食べて気持ちを上げます。思ったほどキャラメル感は強くなく、軽く食べることができました。



【ちょっと真面目な話】
シューズ
おニューのFUJISPEED 3(27.5cm)さんです。アシックス公式でお安くなっていた(確か20%オフ)ので、えいやと買いました。試走すらなしで履いたのですが、あまり重さを感じないことと反発の強さから、ロードでも走り易くピッチが出ました。グリップもよかったと思います(転倒したのは泥と履いている人のスキルがないせいなので仕方ないかと)。


装備
泥にまみれることが予想されましたので、古いアンダーアーマー青、TIGORAキャップ、ミズノのいつのものか分からないタイツ、TIGORAマルチポケットパンツ、ザムストソックスにしました。軍手は百均で買った驕れの目立たない(グレーの)二枚組です。
リュックは武庫川ユリカモメ70kmの参加賞のものです。ファスナーも壊れましたし、痛みが目立ちますが、長きに渡り大活躍してくれています。マイカップはエイドまでは使わないので、リュックのポケットに入れておきました。

レインウェアは新潟のフルでお世話になったオンヨネのものを買いました。普通に上着として着てもよいくらいのデザインです。必携だからということもありますが、山の雨で体温を奪われると大変なことになりますので、荷物になっても持って行きたいところです。袋は(汚れ防止のために)ビニールで包んだ上で、リュックに入れました。

ライトも必携装備になっていたので、時刻的に絶対要らないだろうと思ったものの、持って行きました。香林坊のハンズで2,600円くらいだったと思います。単三1本でよいので、使い勝手もよいかもしれません。必携装備に指定されなくとも今のご時世必ず携えたい熊鈴もきららの百均で購入しました。
持ち物
ボトルは取り出しやすいようにミズノのポーチに差しました。静岡マラソンでもらった620ml入るものです。これにジェルフラスクを足せば必携の1リットルに届くくらいです。エイドの数的に最初2時間くらいは自分の給水のみが頼りですので、ボトルは経口補水液にしました。ジェルフラスクは一つにアミノバイタル粉を溶かし、もう一つは水のみです。

レース
序盤~前半
- 序盤:舗装路を上りトレイルへ
会場の周囲には応援の方が沢山です。6年前もこうして送り出していただいたことを思い出し、戻って来られてよかったと実感しました。特に無理なく上っていきます。

スタート直前くらいから怪しい雲が近づいてきて、時折は降るだろうなという気配満々でした。一直線に山に登っていくわけではなく、最初は平坦だったり、少しだけ下ったりします。ご自宅やコーナーから声援を送って下さる方もおられ、お礼を言いながら進んでいきます。


2km手前くらいからは割とちゃんとした上りになっていたと思います。“前回参加時はここで甘酒をいただいたはず”と記憶も重ねながら進みます。渓流の音も心地よく、4km過ぎくらいまで上ると覚えていたので、ここは気持ち的にも楽でした。無理せずにピッチだけ刻んでいけば問題ないと思います。



- 前半:寄り道しながら石動山山頂へ
4km過ぎくらいでトレイルに入ります。24分かからないくらいでした。最初少しくらいはまだ走れます。しかし前日までも雨が相当降ったことで、足元が泥濘と化していて、そうそう走れない場面も増えてきます。

記憶ではもっと先かと思っていましたが、4km台後半ではもうロープを使わないと上れない場所が二つも登場します。足場が悪いので、脚力で身体を持ち上げることができません。加えて足裏は変な角度の力がかかると痛みが走るので、かなり辛いことになります。
必携装備の手袋も、トレイル区間では正に必須です。ロープ以外にも手を着いたり石や木の幹を掴むことも多かったです。こういうサーフェイスでのトレランは初めてだったので、難しさも感じます。

下りに切り替わってからも、ただでさえ下手な上に泥地ですから、なす術がありません。事故だけないように恐る恐る進み、後ろから人が来る度に止まって道を譲ります。ここはまだそれ程長い距離ではないためマシだったのですが、ロードに出る前の小さな段差もロープを使わないと下りられないくらいの技量ですので大いに苦戦しました。

舗装路からまたトレイルに入り、史跡の解説がこんなに沢山あったのかと感心しながら進んでいきます。仁王門も金剛力士像も明治時代に別の場所に移設されたそうですが、かつてはここにあったのかと新たに知識を得ます。



火の宮跡から少し進むと石動山の山頂、大御前があります。6年前は詣でることなく通過してしまった場所です。今回も迷ったのですが、次に来られるのはいつになるのか分かりませんし、どうなっているのだろうという好奇心が勝りました。コースアウトして石段を上ると、すぐにお堂があり、来てみてよかったと思いました。またこの大会に参加できたことを感謝して、手を合わせます。


確かこの辺りは大きな段差の石段が多く、前回参加時は手を着きながら上ったことを覚えていますが、今回は苦にせず上れました。1,200年前に山岳信仰の聖地で修行に励んだ門徒のことを思ったりもします。パノラマ展望台でも当然コースアウトして、雨で遠くは見えないながらも、風に吹かれて能登の姿を感じてきました。ここで1時間15分台です。



中盤
- 中盤①:名物のロープ下り
この先がロープを使って下る修羅場で、記憶より早く訪れました。ロープを握っているのに、身体が回って背中から落ちることもありました。何やってんだかと思いますが、この下りは流石にどなたも苦戦していたようで、笑いながら仲良く下りていきました。皆泥んこです。なお、ロープ区間が終わっても下りが続き、迷惑なことこの上ありません(下りが下手な奴が悪い)。
ロードの上りは途端に息を吹き返しますので、ピッチを上げて上っていきます。歩く程の傾斜ではなく、金沢だと平栗や内川の方くらいだと思います。石動山を示す石碑もあり、この辺りは楽しく走っていきます。林道に入っても概ね問題なく走れました。



ロードの合間に海(方角的に氷見の方?)の方が見える場所もあり、周囲の方も写真を撮っていました。晴れ間が覗いたこともあって遠くの方まで望むことができ、この景色を見られただけでも来てよかったと思います。時折霧が出ていて、目の前の道も幻想的なものになっていました。

ここまではよかったのですが、上りの調子のよさと霧の醸し出す空気に興奮したのか、右手に折れてトレイルに入る表示を見落としました。下りになっていることで気づくべきだったのですが、“テープはないけど、ロードはこんなものなのかな”と思いながら漫然と進んでいました。
距離が15km程になり2時間も近づくものの一向にエイドの気配がなく、流石におかしい気がしてきたところで、前方には立ち止まっている若者二人が。聞けばもう少し先まで行ったもののテープがないとのことだったので、即決で引き返すことにしました。片道10分程ロスしたと思いますが、人生を懸けたUTMBでロストしながら挽回した鏑木さんを思えば、気軽なものです。


概ね戻った辺りでようやくお一人ランナーさんと出会い、ロストしているので引き返した方がよい旨伝えました。この方はそれ程ロスせずに済んだので、まだよかったと思います。少し話しながら戻ると、確かにトレイルに入る道があり、テープもたっぷり巻かれていました。何故見落としたのかと思いますが、丁度近くに人がいないタイミングで着いてしまったからなのでしょう。

このトレイルは左程難しくはなかったと思いますが、全体に疲れている方も多く、あまり速くは流れていませんでした。自分も道を引き返したショックがあるので、これくらいの流れで助かりました。正規のルートに戻ってから14分くらいで待望の石動山エイドに到着です。

エイドの前からお肉の香ばしい香りが漂ってきたのですが、何と能登牛を焼いて下さっていました。ゴーゴーカレーと共に提供していただいたのですが、これがたまらない程おいしかったです。周囲のランナーさんも絶賛していました。


こちらには鏑木さんもおられたので、記念撮影をお願いし、上市でのお礼もお伝えできました。そして恥ずかしながらロストした事実を明かすと驚いておられました。なお、先程お会いした若者ともこのエイドで再会できました。お互い無事で何よりです。

ドリンクも補給し、シンクロンコーワやパイの実もいただいて残りの道への元気を蓄えます。こちらのエイドは充実していて素晴らしかったです。



石動山の敷地ですので、天平寺を眺め、ゆっくりと歩きます。伊須流岐比古神社に進むのは富士登山競走を思い出す雰囲気です。陰で法螺貝を吹き、ランナーを送り出して下さる女性もおられました。




後半~終盤
- 後半:桝形山の絶景と元気いっぱいの私設エイド
神社の敷地から100m程は急な下り(抜かれる)ですが、そこからはまた上りになるので、ピッチを上げてどんどん上っていきます。途中斜度12%の場所は、前回も黄色い房が印象的でした。ここでも海がきれいに見える場所がありますので、覚えておいて励みにするとよいでしょう。


桝形山のトレイル入口では、今回も“山越えたらエイドあるから”という声を受け、楽しみになります。ここは島元さんが発見した『秘密のトレイル』ということです。途中見晴らしのいい所もあります。疲れている方も多く、階段もそれなりにあったと思いますが、上りはトレイルでもかなりスイスイ進みました。富士登山競走で習得した腰の入った歩きのお陰で、派手なパワーウォークを使うまでもなく上れました。最後の方の階段は渋滞し、抜くのも無理な状態でしたが、焦る理由もないのでゆっくり行きます。


桝形山の頂上は、360°の素晴らしい眺望で、ぐるりと見渡せます。風の中、中能登の街も、日本海・能登半島も余すところなくはっきりと。震災がありながらもどうにか生活を取り戻せるよう地道に頑張っている皆様の姿を思い、能登はやさしやという言葉が何とか現実のものとなり、少しでも救われることを願いました。



名残惜しくも絶景に別れを告げ、下りに入ります。この入口に広がる光景もとても美しく印象的なものでした。しかし下りになってしまうと転倒も怪我も筋肉痛も怖いので、道をひたすら譲りながら行くだけの展開となってしまいます。歩いている方も無理には抜きません。たまに少し上る時だけテンション爆上がりですが、基本気持ちは沈んでいきます。ここは階段が多かったと思いますが、そう長くはなく、10分もいかないうちに出口に至ります。下りの途中からもう応援の声が届いてきて、嬉しくなります。
桝形山の先には大規模な私設エイドを展開して下さっており、うどんも卵サンドも用意していただきました。温まりますし、卵サンドも元気が出ます。6年前もここでご馳走になったことはよく覚えています。中能登にっこにこぐみの交通安全リフレクターを着けていただいたのもあの日と同じです。この大会でお互いに元気を与え合うことができ、明日以降にもつながっていくと信じています。






- 終盤:上りは楽だが下りはいいとこなし!
急な舗装路の下りを経て最後のトレイルへ入ります。“そういえばこうしてぐるっと回っていたな”と思いながら進むと、ウルトラマンもポーズを決めて下さりました。

ここは最後の上りということで、正念場という位置づけなのですが、全く苦にせず、我ながらかなりの速度で上っていけました。上りは、トレイルで唯一成長を感じて楽しめる時間ですし、上りになるとホッとするくらいでした。後ろから詰められることもないので、鏑木さんのメッセージを止まって撮影することもできます。そうは言っても上田バーティカルや牛松山バーティカルでは老若男女にぼろ負けしているので、決して速くはないとは自覚しています。



比較的平坦なトレイルもあり、ブナの原生林もよいものだと思っていたのもつかの間、最後の下りは急で、なす術がありません。階段も段差が大きく、一段ずつ片脚で下りる(ひどい筋肉痛になるのは避けたいため)のでとても時間がかかります。シングルトラックで後ろから詰められるのは何よりも嫌なので、しょっちゅう止まって道を譲り続けます。この下りは15分くらいかかっているのですが、30分以上あるのではと思うくらい長く感じました。

トレイルの下りは本当に一切楽しみがなく、毎回“もう二度とトレイルには出たくない”というくらいにネガティブな感情を抱きます。怪我が悪化するのではという不安と、現に色々な角度で足裏が引っ張られる痛みがあり、“やめておいたほうがよかったのでは”ということも何度も思います。ただただこの下りが終わることを待つしかありません。“早く終われ”と念じながら。
辛さしかない下りもようやく終わりを告げ、残りはロードを行くのみとなりました。トレイルの鬱憤を晴らすかのようにピッチを上げて走ります。腕時計計測なので若干怪しいですが、210spmくらい出ていたようです。スピードを出そうと頑張ることはせず、リズムだけは上げる意識で走りました。ガーミンさんによると4:36/km, 4:26:kmと上がっていたらしいです。

里に戻って来ると応援の方も多く、小さな子供がハイタッチしてくれたりもします。交通誘導もありがとうございます。最後の公園に入る前は田んぼの間の不整地になり、やや抜きにくかったものの、ピッチは維持して最後まで保ちました。スタートした広場に戻って来て、笑顔で中能登の地を駆けられた喜びを胸にフィニッシュしました。



アフター
レース後
会場
ロスト・泥・怪我の三拍子揃って4時間12分台。前回より1時間以上遅いですが、レースだという気が無いので、結果は別にいいです。怪我が悪化していないことを祈るばかりです。
フィニッシュすると新聞紙を折って作ったバッグに入ったおにぎりとドリンクを手渡していただけます。雨は降っていなかったので早速木陰でおにぎりを噛み締めます。やはり日本の米はうまいです。コーラも飲み干しました。アミノバイタル粉とアミノプロテインはゴール直後に飲んでいます。なお、新聞紙バッグは手作りの嬉しさを感じているのもつかの間、濡れた瞬間破れてしまった(切ない……。)ので、ここでお別れとなりました。クーポンもふにゃりましたが、何とか千切れずに形は留めていました。


ラピア鹿島に入る前にはシューズを洗う必要があり、ちゃんと洗い場も用意されていましたが、ここで洗うと荷物が重くなると判断し、とりあえずソックスを脱ぎテーピングも剥がして足を拭き、きれいなシューズに履き替えました。その辺で着替えても誰も見ていないとは思いますが、風も強くて冷えそうですし、いつ雨が降ってもおかしくないため、建物の中を選択しました。
更衣室はとても空いていました。広めに使えたのでゆっくりと着替え、椅子に座ってマッサージをしたりもできました。一応飲食禁止とあったので、私は建物に入る前に一通り食べていましたが、普通の人は気付かずに手に持っているおにぎりやその他諸々を食べると思います。
FUJI SPEED 3さんは大いに泥まみれですが、トレイルとはそういうものですから納得しています。コースが全体に柔らかかったことから、アウトソールが削れることはありませんでした。アッパーは何度か枝や石が当たったからか、少し痛んでいました。
雨風が強まったことに更衣室の恩恵を感じているうちに、雨も止み表彰式も始まるということで、外に出ました。マルシェで何か食べようという魂胆見え見えですが。

マルシェではバーガーを買おうと列についたもののあまりに丁寧でバスに間に合わないと判断して諦め、お酒も飲まないしコーヒー豆も使わないので、クーポンを誰かに無償で譲渡しようかとすら思いました。喜ばしいことに多くのお店ではカレーなどが完売していて、(自分が食べるかとは関係なしに)よかったなと思いました。最後に豆乳チャイをいただけたのですが、こちらも一から用意していただき、おいしかったです。温まりましたし、待っている間に隣の方とお話ししたのも楽しかったです。

6年前のように道の駅織姫の里なかのとがフィニッシュであればお土産を沢山買えて楽しいのですが、荷物運搬や場所の都合を考えるとラピア鹿島の方がよいとも思います。一長一短ですので、私は運営される側がやり易い方を支持します。個人的には、トレランは荷物が増えますし時期的に衣類も嵩張るので、運搬は無い方が合理的だと思います。
表彰式を少しだけ見てから、14時会場発の便で移動しました。車で来られる方が多いからか、まだ表彰式をやっているからか、車内は割と空いていました。

良川駅
バスは一時間に一本で、基本的に利用者の多い金沢方面の便に合わせた時間になっています。七尾方面に行く場合は長い待ち時間が生じます。駅前にはお店などがないのですが、実は少し歩いたところに西村ストアーさんがあります。



いかにも古くからあるスーパーで、私の大好きな空気です。全日食チェーンということで金沢のひまわりチェーンと同じような感じです。



お惣菜が結構多かったので、フードロスの削減に貢献するべくカツ煮を選びました。出汁、卵、玉ねぎの相性がよく、温めなくても満足いくお味でした。お店のおばあちゃんにも、“大阪から来ました”とお伝えすると喜んでいただけました。


良川14:59発の電車で七尾まで移動し、のと鉄道に乗り換えます。復興の象徴の一つですので、頑張っていただきたいです。車内は青が多く、能登のイメージが伝わってくるように感じました。二両編成の前の車両は予約専用となっており、おそらく震災語り部観光列車だったのだと思います。震災から今の歩みを傾聴することで訪れた一人一人が直に能登のことを知る機会になりますし、それを望む人が乗車するわけですから、つながっていってほしいと思います。





和倉温泉
和倉温泉駅~温泉街
ポストの上のわくたまくんにようやく会え、“やっと来られた”と言葉がこぼれます。最初にここに来てから、随分長い時間が過ぎてしまいました。駅にコインロッカーもなく、温泉街まで近くはないのですが、力は残っているので荷物を背負って歩きました。

和倉温泉までの道は所々隆起しており、まだ修補も完了していません。解体を進めている旅館の姿は寂しいですが、それでも一般客の受け入れを再開されたところも増えてきて、少しずつ復旧・復興の歩みは進んでいると感じました。歩いてみた印象では、観光客もそれなりにいて、皆和倉温泉のことが好きなのだろうと感じました。そのことはここで暮らしておられる皆様にもしっかり伝わっていると思います。





湯ったりパークから能登島大橋とツインブリッジを眺めます。風はまだ冷たくなく、穏やかな波の音と共に心地よく心身に染み込んでいきました。しかし能登和倉万葉の里マラソンで応援して下さった方々が、2024年の元日から恐ろしく辛い思いをし、寒さにも凍えていたことを思うと、海の向こうも自分の背中の方も、別世界のように感じます。


それでも、過去に4度も走っている大会で感じた楽しい思い出は確かにこの世界に存在するのです。そのことが直接的に誰かの助けになることはないかもしれませんが、この先もそれぞれが自分にできることを続けていくしかないのでしょう。“能登はやさしや”という言葉が、本当の意味でこれからその通りになってほしいと願います。

和倉温泉お祭り会館
能登和倉万葉の里マラソンのフィニッシュ地点にあり、思い入れのある場所です。受付は16:30まででしたが、何とか間に合いよかったです。今年8月にリニューアルされており、能登のお祭りの歴史と今を体感することができます。



青柏祭のでか山が展示されていたのですが、これがとにかくでかい!巨大という言葉はこの山車のためにあるのかと思う程です。高さ約12m、重量20t、車輪の直径2mですから、日常に慣らされた想像の範疇には収まりません。ねぷたもその大きさに驚きましたが、これはでかくて厚くて重いという圧倒的な存在で、目を見開くしかありません。実際のお祭りが一番だと思いますが、タイミングが合わない場合でもこちらの展示は一生に一度は見ておく方がよいと思います。






和倉温泉総湯
地震の後は温泉を引けなくなったのですが、この総湯の復旧は大いに希望を与えるものでした。驚く程に豪華で素晴らしい建物に、リニューアルされた多様なお風呂があり、非常にきれいです(6年前もきれいでしたが)。温泉が塩分多めの濃ゆいもので、浸かり甲斐もあります。露天風呂で月を見ながら涼しい風に吹かれるのもよいですし、水風呂もあり回復できます。サウナ(使わず)もある上にボディソープなども完備。これで500円は安過ぎます。



能登ミルクさん
閉店間際の時間帯にもかかわらず、次々とお客さんが訪れてにぎわっていました。
ジェラートは一番人気の能登ミルクと能登ブルーベリーのダブルにしました。ミルクの味がとてもはっきりしていて、この味は研究の賜物だと思いました。能登ブルーベリーも名産ですから、その味をありがたく味わいました。



和倉温泉に来ると必ず飲む能登ミルクも、能登和倉万葉の里マラソン後の満足感を思い出しました。金沢の大和に出店されておられた頃のことも思い出します。


夕食
前から気になっていた和倉温泉駅前のはいだるいさんにお邪魔しました。“だるいのかな?”と思っていたのですが、中能登の言葉で“くだらない”とか“しょうもない”といった意味だそうです。親しい関係の相手を励ます意味で使われることもあり、人間味のある言葉とのことです。



カレーが名物とのことで選んだのですが、これがとてもおいしかったです。“早く食べられそうだから”と電車の都合で選んだ部分があったのですが、テーブルに置かれたカレーを見た瞬間、“これは時間をかけて味わおう”と電車を一本遅らせる決意を固めました。


たっぷり入った野菜の香り(特にピーマン)が強く、ともすると味がぼやけてしまいそうなところですが、これがものすごくしっかりした味でうまいのです。イカが入っているのも秘密かもしれませんし、中辛が私には丁度よかったのかもしれません。トッピングで追加したハンバーグも丁寧に作っておられ、焼き具合も絶妙です。大満足の夕食となりました。

どんたく生鮮市場和倉店さん
能登のスーパーといえばどんたくさんですので、電車待ちの時間に寄ってみました。折角なのでご当地牛乳(近所でも買えるけど)と和菓子、シャールベルべさんの温泉ぱん頭を購入しました。





19:41和倉温泉発→21:48金沢着の普通で帰りました。七尾と金沢は距離的にはそう遠くないのに、通過待ちで止まる時間が長いのです。更に延着も重なり、到着は22時。能登は少し降ったくらいでラッキーだったのですが、金沢に戻ると雨が強く雷も鳴っています。


“バスで帰ればいいや”と甘く見ていましたが、平日はともかく土日祝は22時台のバスがなく万事休す。2月の大雪以来のタクシーとなりました。まあ大雪の時よりは遥かに車の流れも早く、待ち時間20分程度で乗車できたのでよかったです。

翌日
朝から降ったり止んだりの北陸の空全開で、なかなか動きにくいので、とりあえず朝は走らず、シューズの泥を落とすこととウェアの下洗いに時間を使いました。歯ブラシを使うことでシューズは割ときれいになりました。





その後も本を読んだりブログを書いたり掃除機をかけたりし、昼寝もしたりとダラダラ過ごします。16時頃にようやく天気が落ち着いたっぽい様子だったので、雨上がりの美しい金沢を見つつスロージョグで出掛けます。トレイルではあれだけ痛かった踵も、何故か朝からそこまで痛みがなく、回復基調にあることに希望も感じます。





こばし湯さんで温まりました。ジェットバスの水圧は強めですし、ミストサウナまであって十分ですが、何と言っても昭和の古きよき銭湯の空気に満ち満ちているのがよいですね。何故かサウナルームでは70年代くらいの流行歌がかかっていたりしますし、憧憬すら抱けるような銭湯です。



そして今回こばし湯さんも巡ったことでかなざわおふろ旅4周目もコンプリートです。3巡したことで既にかなざわおふろ旅スーパーマイスターの称号を持っているので、いつかは10巡のグランマイスターに手が届くかもしれません。個性的な銭湯を、これからも気長に楽しんでいきたいと思います。


梅屋さんの銀の豆(生豆あめ)は、豆あめを三つお餅で包んだもので、見た目も完全な豆でした。初めての味でしたがかなりおいしかったです。シャールベルべさんの温泉ぱん頭も香り高いよもぎ饅頭が入っていて豪華でした。


夕食を作って食べてとしているうちに今日もギリギリになりましたが、自転車の力で何とか間に合いました。“久しぶりに能登に行けて、言葉では言い表せない程、よかったな”と思いながら、日常に帰ります。

最後に
能登半島地震以来ずっと気になっていた能登にもようやく行けました。新聞などで“能登のことを忘れないで”との声を目にしていたので、やはり直接行ってみることが必要だと思っていました。そして走らせていただくことで、土地の魅力と、復興への確かな力を感じ取ってきました。
生憎のお天気でふかふかのトレイルを爽快に、とはいきませんでしたが、ロストも含めて経験値は上がりましたし、何より記憶に残ります。こうしてトレイルの大会に気負わずに参加し、普段なかなかつながりのない土地の皆様とご縁ができることはありがたいことです。大会コンセプトの、「ここでしか遇えないあなただけの宝物をみつけに…」という言葉通りに、今日この日が、大会に関わった全員にとって、私たちだけの宝物になっていると信じています。
震災の現実も受け止めて大会を開催してくださった中能登町の皆様に心よりお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
ここまでご覧いただきありがとうございます。