人生初の佐賀県、気候に恵まれながら目標のサブ3に1分弱届かなかったものの、終始とても幸せな気持ちで走ることができました。
- 応援が沢山で温かい。沿道はピンクのバルーンでいっぱい。テーマソングも女性デュオの歌声が柔らかく、初めて聴いた時「あ、佐賀は優しい!」と感じました。
- こんなにフラットなコースが作れるのかというくらい平坦。日本屈指のフラットコースの看板に偽りなし。ふるさと大橋は大橋ではない。36kmからは川を下るので心理的にも楽。世間にありがちな高低図にない上りも存在しない。
- 更衣室も立派。男女で建物が分かれている(これ大事)。
- 終了後に丸ぼうろ、苺、餅、飴湯、ロックアイス等次々と配られてとにかく嬉しい。ブラックモンブラン、佐賀牛カレー、ハンバーガー、抹茶ジェラート、さが錦、蜂蜜等々ブースも充実。抽選もあり至れり尽くせり。
…魅力は挙げ切れません!
こんな素敵な大会ですので、ランナーはマナーと走りで応えたいですね。自分は当時としては頑張ったと思いますが、あともう少し見せ場を作れたらなあというところで終わってしまいました。今の走力で同じコンディションならベストは出せると思っています。
コロナのせいで開催されない時期が続きましたが、2023年はようやく復活ということで嬉しく思うと共にエントリーしておけばよかったとすら悔やみ始めました。2019年はさが桜マラソンを開催していただけたお陰で、観光もバルーンミュージアム、県庁展望台、吉野ヶ里歴史公園、シシリアンライス等々楽しみ、笑顔で帰宅できましたし、また是非走りに、そして遊びに行きたいと思っていましたので。
佐賀の皆様、最高の時間をありがとうございました!
このシーズンの(本来の)勝負レースだった熊本城マラソンでも、タイムの目標はクリアできなかったものの、とても素敵な経験をさせていただきました。
さが桜マラソンの二週間前には観光を兼ねて石川県の能登和倉万葉の里マラソンに参戦しています。こちらでは牡蠣に舌鼓を打つのが毎年の楽しみです。
前日
睡眠5時間半でした。もっと眠りたいところですが目が覚めたので流れに任せて起きます。カーテンを閉めてもある程度の時間になると覚醒します。起床時67.0kgで大体こんなものかなと思います。勝田67.8、熊本城66.5だったので同様のパフォーマンスは期待できます。気負い過ぎず走力確認のつもりで結果的に好記録というのが理想だなと考えていました。
不思議なことに一歩も走っていなくても朝からガンガン食べられるものです。菓子パンはクランチが入っていて期待よりおいしかったです。シリアル大体二杯、チョコレートプリンも実にうまいです。糖質を貯めに貯める作戦です。ごちそうさまでした。
徳山は防府に出るために泊まったことがあり、いい思い出のある場所です。昼スタートをいいことにホテルの朝食を思い切り食べたこともよく覚えています(食べてばっかやないか)。新幹線の中で公衆電話を発見しました。今や懐かしい存在です。
早々にクーポン券発動で熊本銘菓陣太鼓を購入しました。包装の上から切って食べるのです。ぎゅうひがたまらないですね。熊本城マラソンの時は他を食べ過ぎた都合で逃していたので買えてラッキーです。更に駅すぐのゼビオで塩熱サプリも調達できました。あと、それ以外にも荷物が増えました。大都会博多には何でもあります。
18時前には今日のお宿、サンホテル鳥栖さんに到着です。6000円弱と奮発した分備品も整っていて快適です。角部屋でしたので、ぐっすり眠れるに違いありません。出発が早いため朝食の時間が合わないことだけが惜しまれます。
やよい軒まで歩くと疲労が溜まると見てフレスポでポークカツ黒カレーのオムライスにしました。カレーが食べたくなったのとハントンライス的なイメージからの選択です。スーパーで惣菜等を仕入れて追加します。黒糖饅頭もりんごとレーズンのパンもおいしくいただきました。一日の食事としては、朝沢山、昼なしで、全体ではやや多いくらいかと思います。
レース
レース前
22:20消灯5時起床です。途中覚醒はあったものの満足いく睡眠時間は確保できました。朝は沢山食べたかったのですが、熊本城では食べ過ぎて失敗していた(カレーまで食べましたからね……。)ので同じ過ちは繰り返すまいと、レース前によく食べるメニューにしました。縁起を担いで陣太鼓も追加します。シャワーと髭剃りを済ませ6時前に出発です。2023年であればここまでは食べないのですが、さが桜マラソンでは快走できたので、まだ適量は明らかではありません。
電車は6:06鳥栖発を選択しました。乗り換え組に勝つために6:01より前にホームに立ちました。問題なく座れ、10分程度はうとうとしました。佐賀駅到着後コンビニでパンを買い、これもどんどん食べたいところですが1/3で我慢しました。会場には7時過ぎに着き、トイレ小も混む前に済ませます。更衣室も悠々と座れて快適でした。
装備はタイツなしアームスリーブもなしのストロングスタイルです。暑さと濡れた時の重さを考慮しました。平地だから負荷が少ないという点もあります。日差しはあると見て白キャップを使います。補給食はゼビオで特売のBCAAのやつとゼリー赤を混ぜ、後半用はショッツカフェイン入りを経口補水液で薄めたものです。経口補水液は前日夜から飲んでいます。2023年ともなるとこんなに荷物は持たないようになりました。
血行が良くなることを期待してタプソールを指にも塗っておきます。ご利益はあったかな、くらいで確証は持てません。テーピングは上手くいき、ソックス内でよじれることもなく上手く履けました。
8時10分くらいにはブロック入口へ到着です。そもそも観光気分でエントリーしていたこともあってSブロックの証明書を出し忘れた自分が間抜けなのですが、周囲に漂う走り慣れてなさ感に一抹の不安を覚えました。
スタート1分前くらいにゼリー赤を半分程飲んで準備完了です。後半苦しい所でこそ飲みたい気もしますが、その頃には何か異なる動きをすること自体が億劫になるので、序盤から積極的に飲む方がいいように思います。効いてくるまでに時間もかかりますし。
レース
序盤~前半
Aブロックの前の方に陣取れたとはいえ、最初は混雑します。スタートロスは31秒でした。焦れたランナーがかなり強引に抜いていきましたが、自分はそういうことはしない(単純に疲れるため)のである程度流れに任せて走りました。“そこまで遅くはないだろうと”いう感覚でした。しかし5km地点で手元22分31秒だったので、“そこまで遅かったのか”と思いました。(なお、スタート3km辺りで早くも持参したゼリーを飲んでいます。)
この時点で“今日は無理そうだ、3時間5分も厳しいかも、やはり能登和倉から2週間では疲れが残っているのか、ファンランにしようか”等と色々な思いが脳裏をよぎりました。しかし考えても速くなるわけではないので、道路中央の突起に注意しつつクランクを抜けて北上します。ある程度ばらけて走り易くなったこともあり、周りも結構飛ばすようになってきました。(この流れの中でスポーツ羊羹を一押しして食べたと思います。この後は羊羹を食べずしまいでしたが。)
JRの高架を抜け、“バルーンが浮いていて流石だなあ”と思っているうちにスタート地点に戻って来ました。ここでは司会の女性が元気に盛り上げておられて力になりました。この辺りではゼリー赤を飲み切っています。塩熱サプリも一つ入れておきます。
序盤は、エンペラージャパンが幾分合っていないのか左踵辺りに何かが挟まっているかのような感覚がありました。しかしこれは熊本城で経験済みですし、今日は気温も高いのでより足裏も馴染みやすいだろうとほぼ気にせずに進むことができました。経験値が自分を助けてくれるものです。
10kmまでの5kmが20分50秒弱で、“数字は出ているな、これは面白い展開になるかも”と感じました。右折後は市街地からも離れて長閑な風景になります。全体的には斜めからの風が多かった気がします。身体を冷却するには丁度いいと思うことにして怯まずに進むのみです。アベレージは4分20秒くらいまで徐々に改善していました。
中盤
14kmで手元ほぼ1時間です。悪くはありません。たしか15km過ぎのエイドだったと思うのですが、みかんゼリーを取り易い形で渡して下さったので有難く受け取りました。おいしくて気分転換になりましたし、食い意地を見せることもできました。
コースで事前に注意していたのは、20km付近の一応ふるさと大橋という名のほぼ唯一のアップダウンくらいです。実際大橋はどうということもなく、“帰りも25km付近でここを通るのか、落ちていないといいな”と思ったくらいです。
中間点でネット1時間30分20秒くらいです。勝田より速く通過できました。後半落ちる予感もなかったので、あるいは間に合うのかという気持ちも出てきます。この辺りでアベレージ4分17秒くらいだったと思います。
直進後吉野ヶ里歴史公園に吸い込まれていき、園内を気持ちよく走ります。23.5kmのエイドでは前のランナーが苺を取っていていいなあと思いつつも、給水のみで進みます。あの偉大なる土佐礼子さんも大声で応援して下さっており、後半は泣きながらでも粘らなくてはと身が引き締まります。
再び公園の外に出ると、各県のランナーを応援する幟がはためいていました。大阪を探してもなかなか見つけることができず、これは目が疲れるのではと考えて控えめにしておきました。それでも何とかうまく出会えるもので、タコのイラストが描かれた大阪の幟をしかとこの目で捕捉しました。この両側の幟は力になりました。(ちなみにこの辺りでM高史さんともすれ違えました笑)
25km地点でアベレージ4分15秒だったので、これはいけるという気になります。27.2kmのエイドでOS-1が提供されていてかなり助かりました。徐々にだれてきてもいて、アベレージが4分16秒になることもあったエリアでしたので。
28kmでネット1時間59分20秒台です。この14kmは1時間を切っているという事実に勇気づけられます。
後半~終盤
この数週間は肉や野菜の摂取量を増やしていましたので、“過去のレースと比べて、食事も改善し、同じ体重でも内容が違うのだ、これまでに食べたあれこれが血となり肉となり自分を支えてくれているのだ”と強気になれました。“疲労抜きも十分にやっており、不安になる要素がどこにあるのか、今日はこのままいけてしまう日なのだ”と考えていました。
30km過ぎの折り返しでサブ3のペーサーとすれ違いました。そこから折り返し地点まで1分かかったので、”差は2分くらいだろう、しかし彼らは前半飛ばして貯金を作るはずなので、ここではまだ希望がある”と考えました。終盤用にとっておいたショッツカフェインも投入します。目が覚めてくれました。
ここを北上する間に、「●情報某 皆が喜ぶ事が私の判断基準です」と書かれたTシャツを着た前のランナーがポイ捨てをしていたので激怒。振り返りはしませんでしたが、向こうも怖かったことでしょう。大人として言い方は気を付けないといけないなと反省しましたが、とにかくこいつにだけは絶対に負けてはいけないと気合が入りました。彼はその後すぐに落ちて行きましたが。
走りつつ、“32km付近でも熊本城のような橋はないし、終盤も怖くないぞ”と言い聞かせていました。連戦がないのはおろか当分休みになりますし、多少無理をしても大丈夫です。今日は出し切るべき日なのです。
ですが、35kmでは2時間30分を少し切るくらいのタイムで、これだと42kmで3時間、そこからプラス1分で間に合わないかと思いました。
とにかく終盤左折して川沿いになりさえすれば気分的には下りですし、そこまでは何とかという気持ちで走るのみです。多布施川沿いに入った後エイドでコーラをいただけてまた元気が出ます。
40km付近で、沿道からはまだ3時間切れるよという声が聞こえました。でもこの時点で、グロスだけでなくネットでもサブ3が厳しいことは分かっていました。それでも、今までとは違った何かが自分の中に芽生えていました。
最後のエイドで水をいただき、左折して緩やかな下りに入ります。”3時間は切れないけど、ベストは出る、思えばこの3か月は思い切り走れて毎日楽しかったな、今日もとっても楽しかったよ”と、記録とは関係なく不思議と幸せな気持ちで走りました。幸せだったとしか言えないのです。
最後は大分疲れてきましたが、3時間1分は切りたいと思ったので何とか踏ん張ります。競技場に入ってから、抜けそうな距離にあと一人その背中が見えます。最後の力を振り絞られると厳しいかと思いましたが、イヤホンランナーで周囲が見えていない上にあえいでいたため、勝てると判断しました。巻き込まれないようにだけ注意して抜き去り、フィニッシュです。
3時間には届きませんでしたが、それでもやれるだけのことはやったし大崩れせず、GPS上では4分15秒で終われたので、充実感はありました。周囲は力尽きて寝っ転がっている方も多かったのですが、熊本城のようにつる気配もなく割と元気に歩き、アミノバイタル粉と残りのゼリーを摂取します。芝に座って少しだけ余韻に浸ります。
アフター
レース後
屋台も大変充実しており、お土産も購入できます。丸ぼうろと小城の昔ようかんをお土産にして佐賀をPRしました。神埼市ブースでもひしぼうろをサービスしていただきました。これだけでお土産は事足りるのではと思うくらいです。
ブラックモンブランは佐賀銘菓だったのかと思いながら味わいます。日差しが強くなってきたので一層おいしさと懐かしさを感じます。鮮やかにはずれたのもまたよしです。
会場から駅まではシャトルバスが出ていますので、短い距離ですが利用しました。降車後、ファミマでもも塩一本と炭酸水を買って一旦打ち止めです。一旦は。
今日のお宿、サンシティ2号館さんに到着です。またも角部屋です。なんだか普通のマンション感が漂っていますが広くてありがたいです。ランドリーも無料で助かりました。これで4800円はお値打ち。シャワーを済ませてから早速観光に繰り出します。
やはり佐賀バルーンミュージアムに行かなくては始まりません。受付の女性も展示室の男性も親切で、丁寧に競技の種類や館内の資料につき説明して下さり楽しかったです。しかもランナーは入場無料という好待遇です。ありがとうございます。フライトシュミレーターはここにしかないとのことで、こうやって操作してるのねと感心します。子供も喜ぶ楽しい施設です。
街並みを撮りつつ付近のジョグを続けます。桜は満開まであと少しでした。県立図書館にも少し立ち寄りました。メルロ・ポンティの哲学者辞典や『AIと憲法』のように割と新しくて自分で買うにはちょっとという本もあっていいなと思いました。郷土資料は食事や伝記の辺りで古い本をパラパラと捲り、書物をこうして残していくことの大事さを感じる時間でした。
残念ながら佐賀城の方と佐賀県立博物館は時間がないので寄れずでした。後者は月曜休館のため今回は無理と確定です。さがレトロ館で食べるか迷いましたが、県庁展望台のレストランが眺めがよいとのことだったので見送りました。街中に水路がある景観が好きです。
県庁の360°展望台からの眺めは期待通りでした。いざ佐賀平野と有明海を眼下に望めるレストランへと向かったのですが、生憎満席で撤退となりました。そりゃ皆夕暮れ時の絶景を見たいわなと自分を納得させ、大人しく県庁を後にします。
ならばと再びバルーンミュージアムに戻り2階のハルカフェにて念願の温玉シシリアンライスにありつけました。見ての通りこれがうまくないわけがありません。温かいライスに炒めた肉(味付けしっかり)と生野菜を盛りマヨネーズをかけるとは、ご当地B級グルメの原点にして頂点ではないでしょうか。ランナーにはコーヒーサービスで感謝です。
日曜はお店が閉まるのが早いのか、やや寂しい商店街の横を通ります。一度宿に戻り丸ぼうろを食べ装備を整えて佐賀ぽかぽか温泉へ向かいます。自覚が無くてもダメージはあるものなのでその確認と回復をしようという意図です。内湯、露天、寝湯、塩サウナ、足湯で寛げて大満足です。これをやっておくと翌日以降が楽になります。
ゆめタウン佐賀は巨大ショッピングモールで、カナート洛北何個分だよという(いびがわマラソン前日に)大垣でも抱いた感想再びです。惣菜が安く調達できたので打ち上げを行います。このチーズはひたすら味がいいとしか言えない自分の語彙力にがっかりです。
なお食材以外も調達してしまい荷物が増えている模様です。大砲の製造で幕府にとって不可欠の藩を造り上げた鍋島閑叟の偉大さを学ぶことができたのは面白かったです。大隈重信はいいこと言ってるなと思ったらあれ?と思うことがあり、アンビバレントなものも感じました。ご当地にまつわる本を買うのも旅の楽しみの一つです。
デザートはラ・シャンスというさが錦をチョコレートでコーティングしたものと鉄板の丸ぼうろです。疲れた身体も脳も喜んでいます。今日は一日本当に色々と佐賀のおいしいものを食べられたな、来てよかったなと心から思いました。
翌日
睡眠は6時間弱でしたが、疲労抜きも兼ねてジョグに出かけます。6時40分頃にスタートしました。
さが桜マラソンコース終盤を桜を愛でつつ北上します。下はこういう景色だったのかと、昨日とは少しだけ違う桜をゆっくりと目で感じます。佐賀らしい山々を仰いで折り返しです。
前日の復習になるため内容が重複しますが、朝はまた新たな気持ちでレースを思い出していました。終盤は36kmから5km川沿いを走るのですが、大分疲れてくるものの応援も近く、頑張れるエリアなのは間違いありません。もう少しすれば桜も咲き誇ることでしょう。
40km地点の桜はいい具合でした。この辺りでは鶯が鳴いているのだなと春を感じます。41kmのエイドを左折したら下りで競技場へと向かいます。3時間は間に合わないと分かっていたものの、走れることがとても幸せに感じられる時間でした。
やはり自己ベストを出しただけあってダメージも大きく、キロ8分40秒くらいで9.5kmの疲労抜きジョグとなりました。最初右脛内側が痛くてまずいかと思いましたが、後半では大分ほぐれたのでやった甲斐がありました。
荷物を減らすためにも昨日鳥栖でホテルを出る際にいただいたバナナを食べます。打ち上げで半分食べたチーズの塩味とコクがたまりません。宿の軽食はクロワッサンとコーヒーでしたが、栄養的には食べる理由がないと判断してパスしました。
佐賀駅であめがたを買います。食べ方がわからないまま一つ食べたのですが、しっかりした飴ということはよく分かりました。梧竹さん最中はしっとりと美味です。明治の三筆のひとりなのかと、また新たな知識を得ます。
若干景色に飽きを感じ始めた頃に吉野ヶ里歴史公園に流れるように吸い込まれていくコース設定の巧みさは、改めて歩いてみて感心しました。レース中はスマホを持たずに走ったので今日は是非とも来たかったのです。入口で親切なご説明を受けていざ散策開始です。帰りも見据えて、まずは東口のロッカーを目指します。
ここを走らせていただけるとはなんとありがたいことかと感謝の気持ちが再燃します。レース以外で改めて歩いているとその長閑さに心洗われました。このよさが伝わるとよいのですが、私の拙い写真と言葉ではなかなか難しいですね。
吉野ヶ里遺跡展示室は甕棺が特に印象的でした。三枚目の骨はレプリカですが、甕棺は実物です。そのために作ったのですから当たり前ですが、人が収まる大きさは重みがあります。勾玉や土器も見られて貴重な資料が沢山です。
南内郭の物見櫓に上ってみると辺りを見渡せたものの、判断力のない自分では敵襲があってもどうしていいか分からずたどうろたえるだけなのだろうと思いました。どう考えてもこの時代ではあっという間にゲームオーバーになっていたという結論にしか至りません。
北墳丘墓は約2100年前の歴代の王等が埋葬された特別な墓とのことで、実物が見られるのは極めて貴重な経験になりました。保管のために使われている薬品なのか、あるいは全く別の何かなのかはわからないけど、においが独特で、しばらく鼻の奥に残りました。現地に行かなくては体験できないものの一つです。
北内郭は祭殿の復元が圧巻です。16mもあったとは。ついに高床式の住居も出現しますが、竪穴もまだまだメジャーな存在です。当時の生活を解き明かすのはロマンがあるでしょうが、弥生人等は生きていくのがやっとでロマンもへったくれもなかったろうと思います。現代社会とは過酷さの次元が異なります。
出口近くの売店で赤米アイスと味噌ごろもを購入しました。アイスは寒さもあり硬くて食べるのに苦労しました笑。米というか餅のような食感もあっておいしさと食べ応えに満足です。味噌ごろもは落花生でどんどん食べてしまう危険なやつですね。佐賀でも沢山の楽しい思い出ができました。本当にお世話になりました。またよろしくお願いします。
帰りは福岡空港経由ですので再び博多駅にやって来ました。駅前には福岡国際マラソン歴代優勝者の足形が展示されていると今更知りました。金栗四三の精神が息づく土地です。2018年の服部選手のものは、この時点ではまだの模様でした。
帰宅後プロテイン、バター、チョコレートを食べ、夕食もしっかり取りました。豚レバー炒めにはチーズをかけています。更にデザートとして佐賀銘菓鶴もなか抹茶あんをいただきました。文句なしにうまいです。夜は練習せず、しばらくは心身を休めるべき時期なのだと捉えます。
まとめ
さが桜マラソン、沿道の温かい応援、完璧な運営、走り易いフラットコースと気候で大人気の理由がよく分かりました。目標にはあと一歩及ばずでしたが、ラストは本当に幸せで、走ることがまた好きになった大会でした。
シーズン最後に記録を狙う方にもおすすめできる高速コースで、2月の勝負レースで上手くいかなかった場合はここでもう一度勝負をかけるというプランも大いにありです。時期的に暑い可能性もありますが、高低図にない上りは存在しませんし、風が気持ちよく吹けばかなりの記録が期待できると思います。
佐賀の皆様、応援も、観光も、温かく迎えていただきありがとうございました!また是非さが桜マラソンを走らせて下さい!次にお会いできる日を心より楽しみにしています!